大きな反発も生んだ香川県ゲーム条例の今、そして条例を追い続ける理由とは 書籍「ルポ ゲーム条例」の著者に訊く

おかしいものには「おかしい」と声を上げ続ける

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2020年、香川県議会で「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」(通称「ゲーム条例」)が可決された。本条例は、ネット・ゲーム依存症から子どもたちを守るため、ゲームは1日60分(学校等の休業日にあたっては90分)などの目安を示し、保護者がそれを遵守するよう努めなければならないといったいくつかの施策を示したものだ。条例の制定を受け、子どもの権利侵害の問題や行政による家庭教育への介入の問題、60分という数字の科学的根拠の希薄さなどについてSNSでは議論が巻き起こり、本条例の存在は全国的に周知されることとなった。

また、本条例制定に先だって募集されたパブリックコメントでは賛成の意見が8割以上を占めたとの発表があり、条例成立の根拠のひとつとされたものの、賛成とされる意見が書かれた複数のコメントに共通の誤字が見られるなど、内容には不審な点が多く見られた。

KSB瀬戸内海放送記者である山下洋平氏はこのパブリックコメントの問題をきっかけに本条例について取材を開始し、条例の施行とその後の経過を追ったドキュメンタリーを複数本制作。取材内容をまとめた書籍「ルポ ゲーム条例」を河出書房新社から上梓した。

山下洋平氏にインタビューを行い、ゲーム条例を取り巻く問題や、条例が投げかけた問題について話を伺った。

山下洋平氏。<br />
山下洋平氏。

――本書はゲーム条例についての山下さんの取材をまとめた書籍になりますが、あらためてその内容を伺ってもよろしいでしょうか?

「ルポ ゲーム条例」は、香川県でできたゲーム条例について取材した書籍です。この条例は制定される前の2020年にはSNSでもすごく話題になりまして、全国の人が一度は耳にしたことがあるくらいのものになったかなとは思います。ただ、その後どうなったのかということに関しては意外と知らない方も多いのではないでしょうか。

テレビはどうしても、一度流れたら終わりになってしまう部分もあります。ですから、ひとつの条例ができる前から、できたあとのこと、そして条例に対する評価や、条例が実際どのように運用されていったといったのかなどを「ルポ ゲーム条例」として一冊にまとめました。

今は読んでくれた人たちの感想も徐々に届き始めています。読んだ人によってどの部分に着目するかというのはけっこうそれぞれ違いまして、ゲームを遊ぶ側の目線で読む方もいれば、地方自治の問題、民主主義の問題みたいに捉えてくださる方もいます。地方のジャーナリズムに関心がある方は、条例の成立過程や行政の動きなどをきちんと検証する必要性や、見続けることの重要性に注目してくださっています。

――本書では条例の問題点を指摘するにとどまらず、条例に対する反応や、条例がどのように運用されていくのかといった部分まで詳しく取材していらっしゃいます。

大きな話題になった問題も、決着がついたらそれで終わりになってしまいがちです。法律や条例で言いますと、できる前はいろいろ賛否があっても、できてしまったらその後は報道が減ったり、SNSでも徐々に話題に上がらなくなります。

本来ならば条例ができる前にもっと論点を提示して、議会に慎重な審議を促せればよかったのかもしれません。僕が本格的に取材を始めたのも条例ができる直前ぐらいだったので、自分自身の反省もあります。けっきょくこの条例の成立の過程に関しては議事録もありません(※)ので、なかなか検証も難しくなってしまいました。

※本条例を作成するにあたって開かれた検討委員会では、「前例がない」という理由から議事録が作成されておらず、一般の傍聴も不可、報道陣にも審議の一部が非公開とされていた。

行政や議会の動きというのは、普段の生活ではあまり意識しないことかもしれませんが、おかしいなと思うものにはおかしいぞと声を上げていくことが大事だと感じてもらえたらうれしいですね。

――山下さんご自身は、どのようなゲームを遊んできたのか教えていただけますか?

ゲームはそれなりに遊んできたと思います。僕は今43歳で、ファミコンやPlayStationなどひと通りのハードは通ってきました。人生でいちばんゲームで遊んでいたのは大学に入ってからですね。プレステで「サガ」シリーズを夜通し、何周もやっていました。今でも子どもと一緒にスマホで『ディズニー ツムツム』や『妖怪ウォッチ ぷにぷに』をプレイしています。

――本書では、ゲームが実際にどう遊ばれて、どのように子どもに影響があるのかを、ゲームクリエイターや高校のeスポーツ部への取材を通して紹介しています。取材を通じて、山下さんのゲームに対する印象は変わりましたか?

もともと僕自身がゲームを遊んできたということもありますので、取材を通じてゲームに対する印象が変わったかというと、変わっていない気がします。

この条例が話題になった際に、条例に反対する人の意見の中に、「ゲームはこんなに役立つ面もあるのに規制するのはおかしいじゃないか」というものがあったんです。でも、この意見にのっかってしまうと、これは役に立つから守るけど、ならば役に立たないゲームなら規制していいのか? という話になってしまいます。

あくまで問題は、ゲームが良いものか悪いものかではなく、ゲームをやることに対して行政が介入することだという論点は、取材を始める前に上司とも話し合ってつねに念頭に置いていました。

 

――今回は「ゲーム」が対象になったからこそ大きな話題になりましたが、別のものが規制の対象になる可能性もあるわけですね。

たとえば隣の岡山県ですと、似たような例として岡山県家庭教育応援条例(※)というものがあります。この条例もけっこう問題があるのではないかということで反対運動も起こったんですけど、結果としてはそこまで全国的な問題にならずに賛成多数で通過してしまいました。

※家庭教育は、すべての教育の出発点であり、子どもの健やかな育ちの基盤を作るために極めて重要であるという考えのもと、「保護者が学び、成長していくこと及び子どもが将来親になる選択をした場合のために学ぶ」ことを促すほか、地域社会が一体となって子どもの教育に取り組むことを目指す条例。しかしその内容は、「多様でプライベートな私たちの『子育て』や『家庭生活』に、一律の価値観を押し付け、介入するためのもの」として反対署名も出されている

ゲーム条例に関しては1日60分という時間の制限が素案に出てきたからこれだけ話題になりましたが、ゲーム条例ほど話題にならなかったものも全国にはたくさんあると思うんです。こんな問題があるからこういうふうに対策しましょうというような、一見して耳触りの良い、誰も反対しないレベルのことってたくさんある気がします。でもよくよく中身を見てみると、成立した法律は我々の権利を侵害するようなものだったり、一定の価値観を押し付けようとするものだったりしようとするものがけっこうあるんです。

このゲーム条例も、中身を読んでみるとゲームに関することだけではなく、親と子供の愛着に関する条文なども盛り込まれています。それは依存対策に実際に関係があるの? と疑問に思うのは当然ですよね。

――肌感覚で「何か悪そうだ」というものに対しての施策を提示されると、漠然と反対しづらい空気も生まれてしまいますね。

近年ではゲームやスマホが取りざたされていますが、昔なら「テレビを見せっぱなしにするのはよくない」という議論があったはずです。親と子供の愛着こそが大事だという価値観それ自体を僕は否定する気はありません。ただ、その価値観のせいで、たとえば保育園に子どもを預けている親が罪悪感を覚えてしまう、それを行政が後押ししているということになるなら、やはり声を上げていかなければいけないと思います。

条例に対する反応の中には、60分という目安があることで親が「条例で決まっているのだからもうゲームをやめなさい」と言いやすくなるという意見もありました。でもそれは子供とどのように向き合って、どういう風にゲームと関わっていくのかも含めて親子で関係を築いていくべき問題だと思うんです。子どもに限らず、今ではオンラインでいろいろな人と繋がれますし、ゲームが得意で生きがいになってる人や、ゲームが救いになっている、よりどころになっている方もたくさんいます。そういった人に対して、それこそ1日60分という、強制力がなかったとしても具体的な目安が示されてしまったら、結果としてこの条例が、ゲームをやることに罪悪感を感じさせる結果になっているわけです。

――反対の声が高まった結果、強制力があるものではないからいいじゃないかと問題を矮小化したり、あるいはこの条例自体をなかったことにしようとしている動きまでが本書では書かれていますね。

本気でゲーム依存を何とかしたいと思っているのなら、作ったら終わりではなく、条例ができたあとにこそ積極的に議論して、議員も関わっていくべきです。行政の職員さんは予算を組んで真面目に対策をやってらっしゃるとは思うんですけれど、本書にも書いた通り、ゲーム業界でおこなった調査や全国的に先進的な取り組みを香川県に取り入れようとか、逆に香川県で新しいことをやってみてそれを全国に発信しようということが感じられません。ただ作りたかっただけなのではと言われても仕方がない現状があるとは思ってます。

――今後、この条例の内容が変わっていく可能性はあるのでしょうか。

おそらくこの条例に関しては、何かが見直される可能性は極めて低いなと思っています。だからといって声を上げ続けるのをやめてしまうと、今後(ゲーム条例の成立過程のように)やりたい放題になってしまうのではないかという危機感はありますし、次に何かおかしなものが出てきたときにきちんとノーをいうためにも、条例の制定から3年経った今でも、ちくちくと取材をして声を上げ続けているわけですよね。

そうやってある意味しつこく取材をし続けていれば、次に同じようなことをやろうとしても、また山下が絶対に何か言ってくるだろうと思われるかもしれませんし、前回みたいにはいかないぞとなれば、今回は議事録を作ろうとか、抑止力につながるんじゃないでしょうか。

――山下さんは、今後もゲーム条例について取材を続けていかれるんですね。

引き続き、香川県のネットゲーム依存対策については取材を続けていきますし、新しい動きがあれば発信していきたいと思っています。

KSB瀬戸内海放送のニュースサイトではゲーム条例に関するニュースを配信していますので、ゲーム条例のタグを検索していただければと思います。私個人のTwitterでも、引き続き情報発信をしていきますので、この件にご興味ある方はフォローしていただければと思います。

ルポ ゲーム条例

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